FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

引っ越し

随分前から引っ越しを考えています。
しかし、予定外に第2子を授かり、私自身が持病がある事もあって、通っている病院が総合病院なのでそちらでの出産の方が良いだろうという事で、計画はとん挫しました-------とういきさつから少々経過した現在を語ります。
持病と予想外の妊娠で、計画はあえなく頓挫。仕方ないです、胎児に影響があっては申し訳ないですし、親として最大限の安全が確保されたところでの出産というのは、まあ優先して当然と思っていました。
妊娠発覚で、引っ越しを一時中断したのは、それだけではありませんでした。私の年齢がちょっとね(^^;)
第1子を随分前に産んでいるので“初産”ではないですが、間が随分空いてしまいましたし、その分私の女性としての機能も想像低下してるに違いない訳ですから、リスクがゼロではないという心配もあります。
最初に述べた通り、第1子の時はなかった持病というのもあったりするので、本人よりも周りの心配が膨れ上がったのは確かです。

更に、私の母が発病していたというのも追加されました。

母は自身の体を心配するよりも、高齢な娘の妊娠をそれはそれは心配しておりました。そんな母を考えると安定期に入るまでは静かにしている風を装わなければなりませんでしたし、第一に安定期までは入院していても実家にいても“来てくれるな!”と母にきつく注意されていた位です。
実家へは高速を使っても2時間半位の距離ですから、その間に何かあっては困ると母が思うのもわかりますし、病床の母の元へ泊まり込むというのも何なので当時実家へは日帰りが当たり前になっていたので、往復5時間以上を考えると母は気が気でなかったのでしょう。私も母の気持ちはわからないではありませんので、安定期までは実家へ直接いく事はせず、他の兄弟に様子を聞いたり電話で母と話したりするようにしていました。
実際、生活は普通にしている位元気な妊婦だったのですが、私や胎児にもしものことがあって、母が気にかけては母の体にも障ると思うと、自分が何人もの健康を左右するような気持ちになったりもしました。

さて、その後安定期に入って頓挫した引っ越し作業を再開しようかとも思ったのですが、母の症状が一進一退で常に死と向い合せなのは変わらず、何とも余計な事を考える暇がとれずにおりました。時折入院しつつの自宅療養を母は選んだので、こちらがこまめに連絡を入れないとちょっとした入院なら母は黙っている事もありました。大きなお腹で急に病院を訪ねると怒られたりしたこともありました。元気な赤ちゃんが一番の望みだから!と念押しされたりして、母に余計な心配をさせないためにも、私は自分と赤ちゃんを中心に元気に過ごすのが最優先かもしれないと思いました。
幸い妊婦期は初期以外は大きな発作に見舞われる事もなく、処方も常に専門医にも見てもらいつつだったので、出産には全く問題がありませんでした(それどころか、第1子よりも超安産でした)するりと出産を終え、体調も程々に回復していたので、実家へも行ったりしようと思うのですが、産後をなめてはいけない!と母からの注意が何度も飛びます。第2子を母に合わせたくて(出産後しばし、母は具合が悪く私は自宅近辺出産でしたので、遠距離を移動はできず赤ん坊を母の元へ連れるしかありませんでした)色々母に打診したのですが、産まれて間もない赤ん坊を車で何時間も移動だなんてとんでもないと叱られました。結局生後3ヶ月頃母の元へ第2子を連れていく事ができ、それまで母が元気で生活してくれていたのは天の助けと喜んだ位です。
思い起こせば、病気発覚直後余命3ヶ月と言われた母-----生命力が強かったのか?新しく生まれた孫との時間が楽しかったのか?3年半も延命しました。その間に第2子とは2泊・3泊といった旅行にも行きましたし、飛行機にも一緒にのりました。母の気力は本当にすごかったなーと思います。
旅行だけでなく、一緒に食事にも何度も行きましたし、冠婚葬祭といった親類の行事ごとにも母は何度も参加しました。それはそれは濃い3年半だったと思います。母は体は徐々にしんどくなったとは思いますが、人生を謳歌していたように感じます。

それに私も付き合ってみよう!と思ったのです。私の生活は今後少なくとも10年、幼い第2子の事を考えると20年は元気でいなければなりません。それを思うといつまであるかわからない母の時間、母に少しでも気がかりをさせないように過ごすのは悪い事ではない、そして今それを選択するのが私には良い事だと考えたのです。
引っ越しと簡単に書きましたが、我が家の引っ越しとは“家を買い替える”という事なのです。今住まっている住居は持家です。それを処分し、新天地に新たな家を購入する-----ちょっと私には重い仕事です。赤ん坊片手に簡単に考える事ではないように思いました。第1子には学校もありますから、それらについても色々見当もしないとなりませんし、何よりもお金がたくさんかかる話です。
病床の母にはとても話せませんでした、引っ越したい気持ちがあるとは言いましたが“近い将来”という事で話すにとどまりました。実際母が来月どうなるのかわからない状況で実家と赤ん坊と買い替えを全てまとめてこなすなんて私にはできませんでしたし、母に余計な心配も与えたくなかったですし。

結局、母が旅立つまで延期とするのが一番だと考えたのです。
その母も色々ありましたが、思い残すことなく旅立ちました。そろそろ半年を過ぎたのですが、あれこれ母の身の回りの品を整理してきました。勿論最初は葬儀等から始まり法事がいくらか続き、それと並行して母の色々な手続き事を整理したりしつつ現在に至ります。
周りからは“早かった”と言われましたがそれでも何十年もの期間母が生きた印というのは生活圏内の色々な事に関わっていて、本当に後片付けというのは大変だと現在も実感しています。
母の残した思い出の品、私や兄弟にとってはそれは宝ですが、余所の方からみるとゴミ同然だったりします。どれもこれも残しておきたいですが、残念ながらそんなスペースは確保できそうにもないと思い始めた最近では、思い切りよく処分をするべきかも?と家族の中でも意見がまとまりつつあります。思い出と言うのは心に残るものばかりと思っていましたが、母の生活スペースすべてにあるんですねー。もう私も大人といってよい年齢ですが、初めて実感しました。母の自宅をこれから処分するべく、兄弟と色々相談していこうと今思っています。
建物としては小さなものですが、何十年物生活がそこで過ごされてきただけあって、荷物の量と言ったら半端ではありません。全部を思い出に残すなんて母の家を“母記念館”にでもしない限りどうにもなりそうもありません。皆で顔を見せ合って笑ってしまいました、母記念館-----そんなの喜んで訪れるのは私たち位だねーなんてね。

色々な思いでを処分するのはとても切ないですが、あそこをあのままにするのは現実的に無理ですし、とにかく家族で力を合わせていこう!と今言っております。

更に、母は他にもお題を残してくれました。お仏壇やお墓です。
これらは、家族で色々相談をし誰がどのように継承するのが良いのか、色々考えました。菩提寺とも相談させていただき、今後につなぐ事が出来て家族で満足しています。

皆さんのお宅にも色々事情があるかと存じますが、我が家にも相応の事情というのがあるのだなーとも実感。これもそれなりに丸くおさまり、数か月後に行われる予定の父の法事と母の一周忌について今後は菩提寺と打ち合わせしていきたいと思ったりしています。

あれこれと細かい事は割愛させて頂きますが、とにかくそれのどれもが家族の一番のお題なので、不器用な私は普段の生活と母の事以外に何か手をつけるという気になれず、我が家の引っ越し騒ぎはやっぱり頓挫のままです。
でもね、母の事も段落がつくのでそろそろ自分の事に重点を置こうかな?と思い始めました。
ボチボチ物件探しを始めたいと思います!!
どこへどういう風に引っ越すかというのは、まだ全然決めていません。新しい家族もなんとか我が家の一員らしく振舞えるようになってきましたし、丁度よかったのかな?とも思います。少し子供達には大変な思いをさせる事になるのかもしれませんが、私も配偶者も総括すると我が家の為になる!と信じて引っ越しを前向きに考えています。

荷物整理とか家具処分とか-----色々問題はあるのですが、まあその位はどこのお宅の引っ越しにもつきものですよね(^^)私も頑張らねば。
おっとその前に、どの辺にどんな環境を求めて引っ越すのか決めねば。じわーっと半年位かけて完了させたいと考えてます。次回この話がどんな風に進展しているか、お楽しみに!!

ここで引っ越しします!重い腰を上げました!と宣言することで、私のノロノロ作業がすいすいと進むようになるといいなーと願いを込めて(^人^)

コメントの投稿

非公開コメント

お久しぶりです

ものすごくご無沙汰してしまい、失礼致しました。
すでに忘れられたかもしれませんが、ブログをリンクしていただいている小太郎です。

お引越しのお話ということもあって、コメントしたくなり、出て参りました。
僕も去年、引越しをしました。前はマンションだったのですが、一軒家を買いまして、そこに住むことになりました。僕も花子さんも、通勤がちょっと遠くなりましたが、家が広くなったので満足しています。また、キッチンが広くなり、業務用冷蔵庫が入ったり、耐火レンガで周りを囲った強烈なガスコンロがついたりと、彼女の意向がものすごく反映されて、大満足みたいです(笑)
子供はまだ授からないのですけれども、二人で仲良くやっています。書くのは照れくさいですが、恋人時代よりも、しっくりと生活できている気がします。
ただ、ここのところブログを書かなくなりました。実は、花子さんの職場(の親しい人達)にブログがバレた感じでして、それで書きにくくなったということです。
やっぱり、信頼とか安心感が特に求められる職業ですから、僕としては、ブログを消すことも考えたのですが、彼女に言ったら「え?どうして消すんですか?」なんて、全く気にしてない感じで言われ…。「今日、旦那さんって、素敵って言われちゃったの!」とか言って、本人はバレたことをむしろ喜んでるようなんですが…。この感覚が、相変わらず、よくわからないところですが、そういう明るさに救われています。
でも、僕としては、そんなに彼女の知り合いが見てるのに、彼女のボケ話なんて、書けないなと思ってしまって、更新できずにおります。彼女が全く気にしてないですし、一度見られたので、今更消しても仕方が無いかなとは、思うようになったのですが、どうするかは決めてないんです。また書いてもいいかなと思ったら、書き始めようと思いますが、どうなるかはわかりません。リンクしていただいているのにすみません。
ただ、相変わらず、ネタだけは増えていくというか、一緒に暮らして、さらにネタになる話が毎日のように出てくるというか…。楽しい毎日を送らせていただいています。

komakoさんのコメント欄なのに、僕のことを長々とすみません。仲良くしていただいているので、どうにか近況報告くらいは出来ればと思って、書いてみました。

それから、お引越し、大変ですよね。僕もかなり、いろいろな面で考えたりしましたので、komakoさんの大変さ、わかる気がします。どうか、良い新居が見つかりますように願っております。
暑いですので、どうぞお体にはお気をつけて元気でお過ごしください。

■ 小太郎さま へ ■

キャーキャーキャー、ご無沙汰しております!!!

こちらこそ、ぼちぼち更新どころかたどたどしい更新で、ご挨拶にも本当に伺えず申し訳ございません。
私を覚えてくださっていて、こちらこそ感激しております(>0<)

こんな亀の歩みのようなブログですが、閉鎖はしておりませんので、たまに是非覗いてやってください。
ご意見・ご感想はもとより、小太郎さんの近況独り言、何でも大歓迎です。
可能な限り、コメントスペースをご活用下さいませ。

そうですか、小太郎さんお引越しされたんですね。
更新も少しお休み加減と・・・・それぞれご事情おありですから、のんびりされるといいですわ。
ご自身のブログに書き連ねるのが気が引けるならば、どうぞ私の所でお話しましょう。
こういうコメント欄の使い方、私は大好きです!!

私もね、何だか色々ありましたの。
それでもやっぱり私は私で、それなりに一進一退しつつ生活しております。
母の事もあまり皆様コメントし難いでしょうが、私の人生の大きな節目ですから、綴らない訳には今を語れませんし、見た方に与える影響も良い雰囲気ではないかもしれませんが、そこを書かないと他の事も何だか嘘くさくオブラートに包んで表現しないとならなくなりますし。もう明け透けで申し訳ないばかりですが、堂々と書かせて頂いております。
私と母とのお別れがしっかりかけたから、今回のお引越しの話もかけたって事です。

お引越しが計画しては頓挫し、というのはこの前にある記事にも見て取れますが、結局私の生活があり得ない雑事に埋め尽くされてしまい身動きが取れなくて、それでも必死に私がもがきつつ今少しだけ落ちつたというのを感じ取っていただけたでしょうか?
毎日、こんな感じです。
少しすると何か母に関することがひょいっと頭をもたげます。
それは嬉しくもあり、悲しくもあり、懐かしくもあり-----なのです。

母と少しずつお別れしているんだと思います。
時々元気な子供達の成長を垣間見ると、母の知ってる孫たちとはまた変わったんだなーとかしんみりしたり。

色々あるけれどきっと私は今、充実しているんじゃないかと思います。
勿論苦しい事辛い事面倒な事も山積みです、でもねーこういう忙しない時期ってのは人間だれしもあるものだと思うんです。
これからも他の事で忙しくなることもあると思います。後半年で引っ越しを完了しないといけないなら、きっと数か月後私は忙しくて忙しくて物凄いタイトスケジュールになっているかもしれません。
できるだけ、配偶者と力をあわせて私たち家族のより良い生活環境を切り開きたいと思っています。

またいらしてください、良い進展報告ができるよう頑張ります!

『記念館』!

ご無沙汰しております。再開をお喜び申し上げます。

うち、ありますよ。記念館が(爆)
夫の実家なのですが、義両親は既に他界しており、たまに風を通しに行くのみになっております。
築40年超えの物件のため、長い年月の間に法律が変わって建て替えできなくなっていました(涙)
税金と公共料金はまだ支払っています。うちが。

仕方ないから自分のアトリエとして使うことにしました。問題は自宅から7キロほどの距離があることです。気合い入れて通わないと!

お引っ越し、たいへんでしょうけど頑張ってくださいね。お子さんも大きくなったでしょうねぇ(*^^*)

■ 春呼 さんへ ■

こちらこそ、ご無沙汰しております。
半分休止中のようで、大変失礼しておりました。
細々ですが、更新をはじめました、どうぞお暇がありましたら、覗いてやってください。


あら----春呼さんのお宅にも記念館がありますの?
それはそれは。
我母宅も私の産まれたのをきっかけに亡き父が建てた家ですので、もうン十年。ところどころ増改築はしておりますが、古いと色々ありますね。
我が家もすっかり変わってしまった建築法で立て替えの際は何やら注意が必要だとか。
周りの道路も私の子供の頃と随分変わっていますし、周りにも新しいお宅が増えたりしています。顔馴染みだったお宅もいつの間にやら駐車場になっていたり、改めて見回すと変化が多いです。
我が家もその一つになるのかな?と思ったり思わなかったりです。

母の家は、私の管理下に置くことが叶わないので、管理できる親戚にゆだねる事になりました。高速使って片道2時間半じゃどうもできないので、仕方ないです。兄弟達も実家から近い者がおりませんので、皆納得しています。

7kmの距離は遠いでしょうが、何とかみられる距離でもあります、春呼さんには是非距離の壁を乗り越えてご主人様の為にも、頑張って頂きたいと思いますわ。
ご両親様の思い出記念館、大切にしてくださいませ。

私の様にどうもできない者も存在します。思い出が殆どゴミになるのは何だか切ないですから。

また時間を置いて更新になるかもしれませんが、閉鎖はしておりません!
是非お立ち寄りくださいませ。


> ご無沙汰しております。再開をお喜び申し上げます。
>
> うち、ありますよ。記念館が(爆)
> 夫の実家なのですが、義両親は既に他界しており、たまに風を通しに行くのみになっております。
> 築40年超えの物件のため、長い年月の間に法律が変わって建て替えできなくなっていました(涙)
> 税金と公共料金はまだ支払っています。うちが。
>
> 仕方ないから自分のアトリエとして使うことにしました。問題は自宅から7キロほどの距離があることです。気合い入れて通わないと!
>
> お引っ越し、たいへんでしょうけど頑張ってくださいね。お子さんも大きくなったでしょうねぇ(*^^*)

いらっしゃいませ m(^ ^)m m(_ _)m

ようこそ、御出で下さいました!   ディープなkomakoの日常をご堪能ください。
最近の記事
カテゴリー
komakoのお勧めリンク

【素材借用させて頂きました】
★相互LINK募集中★
お気軽にコメントにてお知らせ下さい
komako 基準で検討をさせて頂く事はございますが、難しい事は申し上げるつもりはございません、どうぞお気軽に(^-^)

*管理者ページ*
プロフィール

komako

Author:komako
<筆者>
 愚妻で駄母(ダママ)= komako (♀)

<筆者に話題提供する主な人物>
 結婚歴●×年、最愛の人=配偶者
 愛の結晶その1=♀(もう親離れ)
 愛の結晶その2=♂(まだ新生児)

-------------------------------
 komako を取り巻くおかしな人々の
 極ありふれた日常をノンフィクション
 でお送りしております
-------------------------------

ご訪問、感謝です
ONマウスでアクセス詳細表示します


現在のご訪問= 名様

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最近のコメント
カレンダー
11 ←2018/12→ 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。